海部郡医師会について 概要

概要

海部郡医師会の発足の時期やその状況は不幸にして記録もなくまったく不明である県医師会史の中で、和田源六(大正3年開業)の記憶によると医師は各町村に1名、多くて2名で全会員は10名前後、年1回の懇親会も欠席者が多く寂しいものであった。初代会長は土肥邦美(日和佐)で医師会といっても名だけでそれらしい事務もなく、文字通りの懇親会を奥浦・牟岐・日和佐と交代で年1回催していた。
第2代会長は多田六郎(阿部村)第3代が勝瀬安利(日和佐)で、このときから和田源六は県医師会議員となり毎年会長と共に県医師会に出席するようになり、次の第4代横山会長に移るまで勤めた。横山会長が何年に就任したか記録がなく不詳だが、和田源六が海部郡医師会に転入した昭和11年4月は横山会長時代であったから昭和33年夏、病気発病まで少なくとも20年以上会長を勤続していることになる。
昭和34年に糸林昌訓が5代目会長に、副会長は中内義衛、理事篠原勝、中川日出雄、田中敏行、代議員久米要、勝瀬正夫を選出した。
戦後の新制海部郡医師会は昭和22年12月1日に社団法人海部郡医師会とし、登記は織田清(奥浦)勝瀬卯七郎(日和佐)両理事、横山孔昭(奥浦)そして昭和24年には久米要、篠原勝、三河政雄、横山孔昭、糸林昌訓、泉伊作、松田茂二の役員登記がされている。その後は社団法人海部郡医師会の登記はされていないが、県の指導があり平成9年に登記を完了する。